昭和の作庭記
—森蘊の足跡を辿る—


森蘊という人はご存知ですか?

ご存知ない方はまずその名前の読み方に悩まされるでしょう。蘊蓄の「蘊(うん)」と書いて「おさむ」と読みます。たしかに、珍しい名前です。

森蘊は1905年、東京都立川市に生まれました。森家の6男で、兄たちも順番に秀、喬、禎、榮、實と、みな一文字の名前でした。父親の慎一郎は埼玉県の坂戸神社の次男で、東京府立第二中学校校長(現・東京都立立川高等学校)や東京高等師範学校校長(現・筑波大学)などを歴任しました。兄たちもまた大学の学長、外交官、教授、社長など、社会の要職につきました。

このような環境で生まれ育った森はなぜか、日本庭園の研究に没頭することになりました。1928年(23歳)に東京帝国大学の農学部に入学し、造園や建築の歴史などを勉強しはじめます。学生時代は、春休みや夏休みを使って、江戸時代に出版された『名所図絵』を片手に関西の庭園を巡り、深い感銘を受けたという。しかし、研究対象にしたのは、見た目が綺麗で常に手入れが行き届いているような名園ではなく、古代の庭園遺跡でした。

1933年(28歳)に大学を卒業してから20年ほどの間、森の職場は転々と変わりました。厚生省の技師として国立公園の調査を担当したり、東京都井之頭恩賜公園自然文化園園長にも任命されました。戦前・戦中・戦後という混乱の時代で、庭園史の研究が優先されるような時勢ではありませんでしたが、森は自ら定めた庭園史研究の目標を見失わなず、独学で平安時代庭園の研究を進めました。

1952年(47歳)、森は奈良文化財研究所の建造物研究室の室長になります。ここからようやく庭園史研究に没頭することができるようになり、桂離宮や修学院離宮の研究をはじめ、全国の歴史的な庭園の実測に力を注ぎました。しかし、一般的な庭園測量図と異なり、森の「地形測量図」には植物が省略されています。庭園の立地環境と水系をあきらかにするため、広範囲にレベル測量を行ない、厳密に等高線を描き、石と建造物とのを相互関係を表現しました。

1967年(62歳)、奈良文化財研究所を退官して、京都大学農学部の講師であった村岡正とともに「庭園文化研究所」を設立しました。それ以降は実測調査のみならず、古庭園の発掘・復元・整備の事業を指導することになりました。京都では法金剛院や浄瑠璃寺、奈良では旧大乗院や円成寺、平泉では毛越寺や観自在王院などの歴史的な庭園の発掘と整備に尽力しました。

簡単にまとめると、森は現代の日本庭園史学の基盤を築いた人です。現在の文化財修理では当たり前のように実施されていますが、徹底的な文献資料の分析、精密な現地調査と測量図の作成、そして発掘調査の成果を照合した「復原的研究」という方法論は森が確立させたものです。

しかし、この偉大な業績の陰に隠れ、森の作庭活動はこれまで見落とされてきました。じつは、森にとって庭園史研究と作庭とは表裏一体、切っても切れないものでした。大学院生の頃にすでに挑戦したそうです。そして、奈良に移住してからは唐招提寺、東大寺、法華寺など市内の主要な寺院をはじめ、全国の社寺、公園、料亭、学校、個人宅などで庭を作りました。「私の庭園史研究は、歴史のための歴史研究であるより、これからの庭園意匠の在り方を考える参考資料の収集と整理」のためであると書くほど、森にとっての作庭活動は単なる副業や息抜きではなく、日本庭園史研究という本業の自然な延長線上にあったのです。

現在、森が残した資料は奈良文化財研究所に保管されています。図面、スケッチ、原稿、書簡、メモ、写真などと多種多様ですが、2019年3月28日にその整理が一段落して、「森蘊旧蔵資料」の目録が研究所のホームページで公開された。日本庭園研究史、人物史のための貴重な参考資料になると思われる。

https://www.nabunken.go.jp/research/moriosamu.html

私は森の足跡を辿ろうと思い、10年以上前から研究を始めました。2020年3月19日に『森蘊研究報告書』を出版しました。多岐にわたる森蘊の業績を理解するために、研究者、作庭家、庭の持ち主など、多くの方々の観点を紹介しました。最後には可能なかぎり諸資料にあたって詳細な年表を掲載しました。

さらに、徳村盛市さん、山中功さん、古川三盛さん、牧岡一生さん、森のもとで働いた4人の庭師へのインタビューを撮影しました。彼らは森蘊の生きている記憶というか、最後の証人になります。「森先生から何を学び、そして、それをどのように継承していますか?」彼らの言葉も貴重な証言になると思い、記録映像にまとめることにしました。声、表情、振る舞い、また現場の雰囲気など、紙媒体では表現できないライブ感を伝えようとしました。

このホームページでは、これまでの研究の一部を紹介していますので、ご高覧いただければ幸いです。

マレス・エマニュエル
京都産業大学 准教授

注:以上は著者が2017年4月3日に奈文研ブログ『コラム作寶樓』に発表した文章を加筆・修正したものです。


2020年3月発行
編者 マレス・エマニュエル
発行所 綴水社

※この報告書は非売品です。ご興味のある方は編者にご連絡ください。

生前の森蘊を知る
4名の庭師へのインタビュー

徳村 盛市(とくむら・せいいち)

略歴:1948年、京都市に生まれる。造園家、庭師。同志社大学卒業後、森蘊に師事。森蘊とともに、文化財に指定された庭園の復元整備事業に携わると同時に、森蘊の作庭活動を支えてきた。現在は庭匠植清代表。2015年12月に文化庁長官表彰、2018年3月に黄綬褒章を受章した。
場所:奈良市忍辱山町 円成寺|日時:2018年6月5日

インタビュー映像と記事

山中 功(やまなか・いさお)

略歴:1944年、奈良に生まれる。造園家、庭師。1962年に森蘊と出会い、1970年4月より庭園文化研究所所員となる。1980年10月から山中庭園研究所を設立し、作庭のほかに、古庭園の実測や復元整備にたずわる。2017年12月に文化庁長官表彰を受賞。
場所:奈良市柳生町 旧柳生陣屋跡|日時:2018年4月4日
場所:奈良県大和郡山市 松尾寺|日時:2018年4月4日

インタビュー映像と記事

古川 三盛(ふるかわ・みつもり)

略歴:1943年、福岡県北九州市に生まれる。作庭家。北九州市・菅原清風園、京都・徳村造園に勤務ののち、1970年に独立。主に森蘊の作庭に従事。主な著書に『庭の憂』〔善本社、1997〕のほか、雑誌「庭」「銀華」「チルチンびと」など連載多数。
場所:郡山市矢田町 矢田寺大門坊露地|日時:2017年10月4日
場所:大阪府河内長野市神ガ丘 延命寺|日時:2017年10月20日

インタビュー映像と記事

牧岡 一生(まきおか・かずお)

略歴:1945年、福井県に生まれる。造園家、庭師。1970年に近畿大学卒業し、1975年より12年間、作業部隊の一人として森蘊に師事。1980年に森蘊と小山潔と一緒にドイツに渡り、フランクフルトのバルメンガルテン日本庭園展に参加して以来、ドイツ、イタリア、フィンランドなどヨロッパと日本で庭づくりを行なう。現在は国指定名勝の依水園や法華寺庭園の維持管理など、奈良を中心に活躍している。
場所:橿原市 橿原神宮文華殿|日時:2017年10月26日
場所:奈良市六条1丁目 森蘊庭園研究室(旧宅)|日時:2017年10月26日

インタビュー映像と記事

完成版の記録映像『昭和の作庭記 —森蘊の足跡を辿る—』(57分、2019年制作)の上映予定

2021年秋(予定) 奈良文化財研究所 平城宮跡資料館(奈良県奈良市二条町)
2021年6月(予定) 「京都の庭を守った人たち 森蘊と法金剛院」
京都産業大学ギャラリー(京都市下京区中堂寺命婦町)
2019年10月6日 名勝大乗院庭園文化館事業 第7回庭園研究講座(奈良市高畑町)
2019年7月20日 文化財庭園保存技術者協議会総会・研修会
京都アスニー4F ホール(京都市中京区聚楽廻松下町)


上映会の企画などに関してはマレス・エマニュエルまでご連絡ください。

Emmanuel Marès マレス・エマニュエル

略歴: 1978年、フランスに生まれる。2002年にINALCO(フランス国立東洋言語文化研究所)で 修士課程、2006年に京都工芸繊維大学で博士後期課程を修了する。工学博士。専門は日本建築史、日本庭園史。京都通信社、CRCAO(フランス国立東洋アジア文化研究所)、総合地球環境学研究所、奈良文化財研究所を経て現在は京都産業大学文化学部京都文化学科准教授。日本庭園学会理事。
大学院時代に作庭家古川三盛氏のもとで植木職人見習いになり、森蘊の庭に興味をもち始める。 2010年頃から本格的に森蘊をテーマに研究を開始。現在は森蘊の業績に光を当てると同時に、20世紀における日本庭園史の作成と日本庭園像の形成について考察を深めている。

連絡先:maresema★cc.kyoto-su.ac.jp(★の代わりに@を入れてください)

リンク:
ドキュメンタリー映画『動いている庭』 ※企画・制作
https://www.projetsdepaysage.fr/kobori_enshu_deux_biographies_une_legende
http://meguru.nara-kankou.or.jp/inori/special/12teien/
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jgarden/2014/28/2014_28_11/_article/-char/ja

森蘊に関する著作など:
「日本近現代の歴史的庭園の調査・保存・修理を巡る状況からみた森蘊の評価」 『日本庭園学会誌』(粟野隆との共著)

2020年予定 「奈良市における森蘊の作庭活動」 『奈良における庭園の総合的調査』 奈良文化財研究所 2020年予定

The Bridge: Iconic symbol of Japanese Gardens Inside and Outside Japan. The Journal of the North American Japanese Garden Association, No.6, 15-21. 2019

「歴史的な庭園の復元 ― 森蘊の「復原的研究」を通して」海野聡(編) 『文化遺産と〈復元学〉』吉川弘文館165- 208頁 2019年

「日本庭園とグリーンインフラ 相反か、相補性か」 菊地直樹・上野裕介(編) 『グリーンインフラによる都市景観の 創造 金沢からの「問い」』 公人の友社 74-86頁 2019年

「日本庭園史話」 『コラム作寶樓』(奈文研ブログ) 2017年4月3日

「奈良の庭園をめぐる」 『祈りの回廊』(監修) 奈良県 2017年3月

「小堀遠州の庭 歴史と伝説の合間から」 『野村美術館研究紀要』 第26号、 54-70頁 2017年3月

「妙蓮寺玉龍院庭園から唐招提寺東室庭園への庭園移転 森蘊による庭園遺構の移転復元」 『日本庭園学会誌』 31号、 29-36頁 2017年3月

「森蘊 庭園史研究と作庭は表裏一体」 『庭NIWA』 225号、44-47頁 2016年11月

『縁側から庭へ フランスからの京都回顧録』 あいり出版 2014年

「重森三玲と森蘊の庭園観 小堀遠州の伝記を通して」 『日本庭園学会誌』 第28号、11-21頁 2014年3月

「時の香り 時代を感じさせる庭」 『人と自然 香をめぐる人と自然』 7号、 26-27頁 2014年3月

「日本庭園史と森蘊の業績 毛越寺庭園の復元・整備を通して」 『奈良文化財研究所紀要』 38-39頁 2013 年6月

Kobori Enshū: deux livres, une légende (小堀遠州 二つの伝記、一つの伝説)Projets de Paysage(風景のデザイン) フランス・ランドスケープ高等学校の電子ジャーナル2012年7月